第5回(最終回) 最上川源流に生きる

 最上川は山形の「水」であり、豊かな文化を象徴するものグラフィックス6.jpgであるように思います。過去から現在まで山形に育まれた文化の多くが、最上川によってもたらされたと言っても過言ではないでしょう。この豊かな流れの源流にある宿をさあ、どう生かしていこう。いよいよ最終回です。

 

 国の施策で色々な環境対策が叫ばれて久しいですが、滝見屋(=山奥+自給自足+サービス業)ができるエコって何だろう。この連載を書き始めてから、私はずっと考えていました。まず、電気の無駄使いを減らす。それから、ごみを出さないようにして・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?

 結局ここで私が動かない、活動しない、お客様がいらっしゃらない事がエコ!?などと思考の袋工事に遭いながら当たり前のことですが、どんな簡素な旅館であっても 環境に付加を与えるということに気づきます。       

                                         ▲最上川源流 火焔の滝

 ただ、滝見屋を含め、国立公園内にあるような秘湯の宿がユニークなのは、そこに秘湯の宿がなければ、温泉資源もそのまわりの里山の整備も行われなくなり、野放図な原生林に戻ってしまうということ。秘湯の宿が存在することで、その地域の環境維持につながるという、本来環境に負荷を与える存在が、自然を活かす存在でありうるという可能性に気づきました。手付かずの自然と人が介在することで守られる自然。

 最上川源流でこの2つが混在する滝見屋はお客様に2種類の美しさを主体的に味わい感じてもらうことでエコ活動ができるのでは、という考えに至りました。ある時は温泉宿、ある時は文化センター、またある時は宿坊のようになりえるフィット感が今、必要なのかもしれません。

 

 自然が客体化しつつある現代だからこそ、ゲストがちょっと グラフィックス7.jpg立ち止まって、本物の自然や温泉に浸りながら、自然との関わりを見つめなおす空間づくり。幸運にも滝見屋のすぐ上流には最上川がそこから始まるとされる火焔の滝(年に数回、夕日が当たるとめらめら燃えているように見える。)やミズナラの大木(森の巨人100選)、吾妻連峰を東西に抜ける登山道などの「手付かず」が残っています。

 またその山麓には姥湯、滑川、新高湯、五色など心強くもユニークな秘湯の担い手もそろっています。仲間に知恵を乞いながら、滝見屋=「山奥」だけではなく、こうした新しい付加価値をどうつけていこうか。私の旅は始まったばかりです。

 

 

秘湯は人なり。   (完)