第2回 雨とともに生きる

結局、この時の先祖が幾度に渡る    ▽風呂敷包みを携えて。滝見屋に向かう車で読書中?

グラフィックス3.png親族会議で前向きでいてくれたお陰で今の私達がいます。記録によると翌昭和16年秋から、旅館の建築を始め17年からは現在の市道にあたる山頂駐車場までを含めた道路を自力で工事を進めました。

 たった数行の復興の記録ですが只でさえ不便な地での技術も人手も足りなかった時代。行間から汗と涙の葛藤を感じます。ですから、終戦と同時にジープを購入できた時は、どんなに嬉しかっただろうと子孫の私も心躍ります。 

 

 その後も自然との格闘の連続。特に昭和62年、平成元年と続けざまに豪雨が続き、特に平成元年(1989)大型台風13号が東北地方を直撃(8月)した時、小学生だった私は何とか雨が降り止みますようにと、神頼みならぬ、仏頼みをすべく、1日に何度も仏壇にお茶をお供えに行ったことを憶えています(笑)。記録によれば「猛烈な雨で露天風呂2つと温泉源泉1号、2号とも断絶。内風呂も入れず大変な苦労あり」と。またもや廃業の危機。

 しかし、自噴する温泉は何十年も前に周辺に降った雨が循環し、湧き出します。移ろいながら再生を続ける自然は本当に力強く、源泉はゆるやかにまた復活してくれました。

 水の管理は温泉の管理以上に重要な滝見屋の生命線です。その源となる「自然の恵み」を超えた雨が一旦降りだすと、私達はただ止むのを待つほか方法が無くなります。滝見屋は最上川の源流にあり、建物から川が手で届きそうな場所にありますので、なおさらです。

 

 私達はある意味最大の自然エネルギーを最大限に活用していると言えます。しかしその前で私達は本当に無力です。常に計算できないファジーさが伴い、もしかしたら企業としては失格かもしれません。こうした自然エネルギーが日々私達の生活すべての中心にあり、策がとれない、策なしという部分が少なくないからです。

 無策の策がいいとは言いませんが、はからいを超え、思いを超えて、ここに今滝見屋があるという事実。そのことに感謝をし、今日も絶え間ない源流の水の流れに身を映しながらお客様をお迎えします。